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都並敏史さんの「ドーハの悲劇」回顧記事がいろいろと切ない件

都並敏史さんの「ドーハの悲劇」回顧記事がいろいろと切ない件

9月7日に元サッカー日本代表の都並敏史氏が、ドーハの悲劇当時を回顧した記事を発表しました。

それがこちらです。
都並敏史が語るドーハの悲劇の敗因とは? 「あの日々はすっかり遠くなった」
ネットで話題になっていたので、ご覧になった方サッカーファンも多いかもしれません。

20年以上前のドーハの悲劇をいまだ後悔する都並敏史氏

こちらの記事、普段の明るい都並さんとはやや違ったトーンで、

なぜオフト・ジャパンは1994年アメリカ・ワールドカップに行けなかったのだろう。僕は原因がわかっていました。

僕がドーハに行ってはいけなかった。ケガ人がサッカーをしてはいけないのです。僕のようなケガ人がチームにいたからなのです。そんなことをしてサッカーの神様が許してくれるはずがない。

「ドーハの悲劇」からもう20年以上経ちますが、この後悔が薄れる日はまだ来ません。

出典:http://r.gnavi.co.jp/g-interview/entry/football/2551

などなど、読んでいるこっちが辛くなるような「重い」言葉が次々と飛び出します。

テレビ解説などで見せる軽妙なトーク、読売クラブ関係者から漏れ聞く宴会部長キャラ、コミュ力高めの明るい人柄とはどこへ行ってしまったのでしょうか。あのドーハの悲劇からすでに20年以上が経ったにもかかわらず、いまだ過去の自分が許せず、悲しみに悶え苦しむ様子がありありと伺えるのです。

そして、これは都並氏を追った一志和夫氏の著書「狂気の左サイドバック」でも明かされていますが、ドーハのイラク戦後、ハンス・オフト監督は都並氏とだけ握手しなかったことが、ここでも述べられています。

やはり、20年以上前とはいえ、ワールドカップ目前までたどり着きながらも夢破れたことのショックは想像以上なのでしょう。そして、都並氏はその悲劇を自分の責任だと考えているようです。

読者の方も、読み進めるうちにどこか優しい気持ちになって、

もういいよ、都並さん。。。。
あんたは悪くない

そんな言葉をかけてあげたくなります。

ぐるなびがサッカー記事を制作する謎

そしてこれは謎なのですが、記事を発表した媒体がなぜかぐるなびの運営する「みんなのごはん」という、比較的ほんわかしたメディアであるという点です。

たしかにこの記事も、前半で当時のサッカー界の食事について触れるなど、多少ぐるなびの業態に近いテーマはあるので、媒体側としては問題ないのかもしれません。

記事の最後には都並氏の思い出のお店についての記述も見られます。もしかしたらぐるなび的には、こっちの飲食店宣伝の方がメインなのかもしれません。

「みんなのごはん」を読み返すと、過去に

川口能活と松田直樹の晩餐 あの夜、僕はトルシエのためにマツを説得した
前園真聖が振り返るアトランタの夏 僕らは崩壊なんかしていなかった

と、サッカー記事がシリーズ化している様子が伺えます。いずれも元サッカーダイジェスト記者の森雅史氏が取材し、記事中に飲食店の紹介があります。

しかし、川口→前園→都並と続くシリーズで紹介した飲食店のうち、現在も営業しているのは前園が紹介したラモス瑠偉氏プロデュースのお店のみで、川口と都並氏が紹介したお店はすでに閉店しており、切なくなると同時に、ぐるなび的にメリットがあるのだろうかと少々心配になってしまいました。

まあ、サッカーファン的には様々な切り口でサッカーを取り上げることには歓迎したい気持ちがあるのでいいのですが。

とりあえず、すでにぐるなびの狙いが空振ってる感じが見てて切ないので、次にぐるなびに取材されるサッカー関係者はせめていまも営業しているお店を紹介してあげようよ!と思うのですがどうなんでしょうか。都並氏の回顧とは別の意味で切ないです。ひそかにドキドキしてます。

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