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前園真聖が金子達仁「28年目のハーフタイム」を完全否定している件

前園真聖が金子達仁「28年目のハーフタイム」を完全否定している件

8月13日、前園真聖氏が1996年のアトランタ五輪を回顧した記事「前園真聖が振り返るアトランタの夏 僕らは崩壊なんかしていなかった」を発表しました。

そのなかで前園氏は、金子達仁氏が代表作「28年目のハーフタイム」で書いたナイジェリア戦ハーフタイムのチーム内紛劇を否定しています。

ナイジェリア戦のハーフタイムに、中田、城、前園の3選手が守備陣に攻撃を要求し、守備陣及び西野監督と衝突したことは広く知られています。実際にこの対立は当時も報道されていました。金子氏はこの衝突を拡大解釈し、まるでチームが崩壊したかのように書きたてました。

さらに、金子氏が「28年目のハーフタイム」で書いた世界観は、簡単に言うと西野監督と中田英寿が対立しまくっていた事実を拾い、結果としてナイジェリア戦の後半から中田を外した西野監督の守備的戦術を批判的に書いたものです。

その後、中田英寿が日本代表や欧州で成功したことにより、金子氏の主張「中田アゲ、西野サゲ」は広く世間に受け入れられました。

しかし、前園氏によると、ナイジェリア戦ハーフタイムの真相はやや違ったものでした。
前園氏が語った新証言の部分を引用します。

僕と城、中田は前半、攻撃の人数が足りないと感じていました。ほとんどこの3人だけで攻めていると思い、もっと後ろから押し上げて欲しいと監督や他の選手に要求したのです。ですが、西野朗監督は日本のサッカーが通じていないと感じていて、もっと我慢して守れと指示を出しました。守備陣は相手の足が速くて余裕がないと、攻撃陣に我慢しろと言っていました。言い合いは決して穏やかなものではありませんでした。

 

結局自分たちの意見が通らずハーフタイムが過ぎて、正直に言えばもやもやした気持ちのままピッチに向かいました。ですが後半開始の笛が鳴ったら不満なんて言ってられません。とにかく勝利のために全員で力を合わせてプレーしました。

 

ただ、残念ながら後半2点を失い、敗れてしまいました。そして第3戦のハンガリー戦で中田が使われなかったり、衝突が外部に知られたことで、チームの中に決定的な溝ができたのではないかという話もありました。けれど、決してそんなことはありません。それくらいでは壊れない。むしろ、そう思われるのは悲しいことでした。

via: 前園真聖が振り返るアトランタの夏 僕らは崩壊なんかしていなかった – みんなのごはん

僕はこのハーフタイムでの話し合いこそ、このチームの一番凄かったところではないかと思っています。日本サッカーが世界大会に出ることがほとんどなかった時代ですが、誰も臆してなかった。ブラジルにだって勝てると思っていたし、ナイジェリアもブラジルに比べたら強くないと感じていた。誰もビビっていませんでした。考え方の違いはあったけれど、それでチームが崩壊はしなかった。いざプレーすることになれば意見の相違を乗り越えて、力を合わせることはできるプロ意識を持っていたのです。

via: 前園真聖が振り返るアトランタの夏 僕らは崩壊なんかしていなかった – みんなのごはん

要はナイジェリア戦ハーフタイムの衝突は、衝突や内紛ではなく、単なる意見の違いに過ぎず、チームも崩壊していないということです。

前園氏はさらっと語っていますが、金子氏がストーリー仕立てで書いた「28年目のハーフタイム」を完全否定している内容です。

また、前園氏によると、西野氏との関係もこじれてはおらず、現在も普通の関係だということです。中田英寿も当時のチームが一番やりやすかったと前園氏に発言しているようで、これも対立や衝突を金子氏が大げさに書きすぎていることに対する前園氏なりの反論なのかもしれません。

僕たちは最後まで力を合わせて戦えたと思います。だからこそハンガリー戦では1-2で迎えた残り2分30秒から逆転できました。もちろん西野監督とはその後もずっと普通の、でも苦難をともにした特別な関係です。誰とも「対立」や「しこり」なんてありません。何より中田も「あのときのチームが一番やりやすかった」と言っているくらいです。

via: 前園真聖が振り返るアトランタの夏 僕らは崩壊なんかしていなかった – みんなのごはん

五輪代表のキャプテンとして、ハーフタイムの現場にいた前園氏の証言は、金子氏の著作より説得力があります。これを機に当時の選手からさまざまな新証言が出てくることに期待したいところです。

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