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播戸竜二が退団? 引退? 意味深なブログが切ない~これまでの活躍をプレイバック

播戸竜二が退団? 引退? 意味深なブログが切ない~これまでの活躍をプレイバック

12月4日、サガン鳥栖に所属する播戸竜二のブログが更新されましたが、退団ないし引退を匂わせる意味深な言い回しがあり、一部ネットで話題となっていました。


播戸竜二のブログを引用します。

いろいろあります。

この時期は。

契約社会のサッカー選手の宿命ですね。

いろいろありすぎて、
まだまだ整理出来ません。

書けることを、
書けるタイミングで書いていきます。

それにしても、
いろいろあります。

あと一試合。

集中して、
終わりを迎えたいです。

via: 播戸竜二 OFFICIAL BLOG: この時期。

「契約社会のサッカー選手の宿命ですね」「いろいろありすぎて、まだまだ整理出来ません」という文言が特に意味深です。

また、4日に引退を発表した柳沢敦とのエピソードも披露しています。

ヤナギさんの引退も発表されました。

2つ上。

ずっと目の前にいた人でした。

お互いカズさんに憧れて、
カズさんを抜こうって言ってたのに…

あの人は無理やって。
笑って言われました。(笑)

via: 播戸竜二 OFFICIAL BLOG: この時期。

播戸と柳沢は、Jリーグでチームメイトになったことはないので、2人でこんなアツい話をしていたことがちょっと意外です。五輪代表合宿か、あるいは柳沢の京都所属時代に交流でもあったのでしょうか。

播戸竜二の経歴

1979年8月2日生まれ
171cm/67kg

1992年 – 1994年 香寺町立香寺中学校
1995年 – 1997年 姫路市立琴丘高等学校
1998年 – 1999年 ガンバ大阪
2000年 – 2001年 コンサドーレ札幌(期限付き移籍)
2002年 ヴィッセル神戸(期限付き移籍)
2003年 – 2005年 ヴィッセル神戸
2006年 – 2009年 ガンバ大阪
2010年 – 2013年 セレッソ大阪
2013年7月27日 – 12月 サガン鳥栖(期限付き移籍)
2014年 – サガン鳥栖

・ガンバ大阪には1998年、練習生として入団
・1999年はU-20日本代表としてワールドユース出場→準優勝
・コンサドーレ札幌では岡田武史監督のもと、レギュラーに定着
・2004年は27試合で17得点、2006年には30試合で16得点の大爆発
・2006年~2008年のオシム~岡田武史時代の日本代表に選出。7試合出場2得点
・2013年までJリーグ319試合出場87得点

こうしてみると、かなり得点率の高い選手であることがわかります。

ムードメーカーで、岡田武史、イビチャ・オシム、西野朗、レヴィー・クルピといった屈指の名将に認められ活躍していた事実。過小評価されている選手の一人だと思います。

代表出場試合数こそ少ないですが、イビチャ・オシム監督は日本代表監督時代、播戸を非常に高く評価していたという噂を聞いたこともあります。

最後に、これまで印象に残った播戸竜二の活躍をプレイバックしてみます。

1999年 ワールドユース出場

1999ワールドユース播戸竜二出場試合
決勝スペイン戦
準々決勝メキシコ戦
ベスト16ポルトガル戦
1次リーグアメリカ戦
1次リーグカメルーン戦

7試合中5試合に出場しています(すべて途中出場)。


カメルーン戦では惜しいシュートも放っています。

この動画はワールドユースの本山雅志タッチ集的な動画です。この大会は本山のキレキレなドリブルが炸裂し、客席を沸かせていたのが非常に印象的です。

2006年 日本代表インド戦で2ゴール

オシム時代ですね。この試合、完全に忘れていましたが、いま見てみると、試合中に停電、さらに犬がピッチに乱入するなど、面白すぎますw

この試合、播戸は2得点していますが、2点目は三都主アレサンドロの珍しい右足からのクロスに飛び込んで得点しているのも注目ポイントでしょうか。

2009年1月1日 天皇杯決勝柏レイソル戦

延長後半に劇的な決勝ゴールをあげています。

2008年は負傷の影響もあり、あまり活躍はしていないですが、ここ一番の活躍で地力があることを証明しました。

ゴール後、西野監督に躊躇なく抱きつきに行くところが非常に播戸らしいと思います。

ブログの書き方からして、サガン鳥栖退団は決定的な印象を受けますが、心折れて引退などの決断をすることなく、もう少しの間、元気なプレーを見せてくれることを祈念いたします。

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