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牧内辰也氏のヤバ過ぎる無能伝説を振り返る~来季のF岡山監督就任の怪情報も

牧内辰也氏のヤバ過ぎる無能伝説を振り返る~来季のF岡山監督就任の怪情報も

J2ファジアーノ岡山は、影山雅永監督の退任が決まり、後任監督を選定中と思われます。現在コーチの長澤徹氏の昇格が有力視されていますが、地元メディアでは、牧内辰也氏の就任が有力との報道もあり、一部の岡山サポーターを恐怖のどん底に陥れているようです。


最近こそ鳴りを潜めていましたが、牧内辰也氏は「無能」「疫病神」として多くのサッカーファンにその名を知られています。ここではいまさらではありますが、牧内氏の伝説を、その経歴とともに振り返っていきます。

2000年 – 2001年:アビスパ福岡管理強化部 育成部門責任者
2000年→年間12位
2001年→年間15位(J2降格)

2002年:アビスパ福岡コーチ
J2年間8位(12チーム中)
シーズン半ばで7勝7敗7分の成績で今井雅隆監督が解任。後任に指名されるも固辞しユース監督の望月達也氏が監督代行。その後、中村重和氏が就任するも2勝13敗5分でさらに順位は低迷。

翌年、牧内氏はサンフレッチェ広島コーチとなるが、アビスパは途端に成績上昇し2003年4位、2004年3位、2005年は2位となり悲願のJ1昇格を果たす。

2003年 – 2006年:サンフレッチェ広島サテライト監督兼コーチ

2008年当時に一世を風靡したコピペを紹介します。牧内氏の凄まじさがよくわかります。

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すごく解りやすく、広島のサテライト監督時代に、牧内が何をやっていたかを表そう。

牧内就任後の各年度における、広島の新人
2003:松浦(もう広島にいない。現役引退)
   高木(もう広島にいない。現岐阜所属)
   田中(もう広島にいない。現愛媛所属)
   木村(もう広島にいない。現地域リーグ金沢所属))

2004:吉弘(もう広島にいない。現札幌所属)
   青山(小野・牧内時代はレギュラーどころかサブにも絡まなかったのに、現監督がいきなりレギュラーに抜擢・五輪代表)
   田村(もう広島にいない。現JFL鳥取所属)

2005:西河(もう広島にいない。現徳島所属)
   前田(広島ユース黄金世代。もう広島にいない。現、腐り果てて大分所属)
   高柳(広島ユース黄金世代。現監督就任後に起用されだし、ようやく準レギュラーに)
   森脇(広島ユース黄金世代。一度愛媛に島流しされ、今年ようやくレギュラー)
   高萩(広島ユース黄金世代。一度愛媛に島流しされ、今年ようやくレギュラー)
   入船(もう広島にいない。現徳島所属)
   桒田(広島ユース黄金世代。現監督就任後に起用されだし、ようやく準レギュラーに)
   中尾(もう広島にいない。現地域リーグ金沢所属)

ほんの5年前に獲得した新人選手が、一人も残っていない。

ある程度長い目で見られるユース出身者以外の新人で、今の広島に残ってるのは青山敏弘だけ。ユース黄金世代ですら、あわやレンタルからそのまま愛媛に流されるところだった。

2006年途中から、現監督のペトロヴィッチが牧内を無視してサテも自分で仕切り始め、いきなり槙野や柏木、青山がメンバーに入り始めて、結局そのシーズン限りで牧内はクビ。
ちなみに更に言うと、徳島や愛媛、鳥栖といったJ2チームのサテも混じるサテライトリーグ西日本組で、年代別代表だらけの広島サテライトは、牧内時代の4年間、全部最下位だった。
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ちなみにwikipediaによると、当時の広島サテライトの順位は
2003年7チーム中4位
2004年6チーム中5位
2005年7チーム中5位
2006年4チーム中2位
となっており、最後の段落にある「牧内時代の4年間、全部最下位だった」は誇張だと思われます。

とはいえ、青山繁晴や森脇良太、高萩洋次郎らを擁してこの成績ですから、決してホメられたものではありません。

2007年 – 2008年:U-18/19日本代表監督
SBSカップ・国際ユースサッカートーナメント→全敗(静岡ユースにも負け)
仙台カップ国際ユースサッカー大会→全敗(U-18東北代表にも負け)

AFC U-19選手権サウジアラビア2008→韓国に敗れ2009 FIFA U-20ワールドカップ出場権を逃す(日本はそれまで7大会連続出場していた)。

SBSカップなど、小規模の大会はある意味「練習試合」として割り切っていたという言い訳も通じますが、U-20W杯出場権を逃したのは致命的です。

しかも、当時のU-19代表には、香川真司、柿谷曜一朗、権田修一、原口元気、永井謙佑ら、そうそうたるメンツが揃っていました。AFC U-19選手権に選出されていない同世代の選手には、清武弘嗣、大迫勇也、山村和也、鈴木大輔、大津祐樹、川又堅碁など、ロンドン五輪4位に貢献した選手も数多く控えていました。
参照:http://www2u.biglobe.ne.jp/~Number12/record/2008j19.htm

2009年 – 2010年:U-18日本代表:コーチ
布啓一郎監督のもとコーチに就任しリベンジを狙ったが、AFC U-19選手権中国2010でベスト8に終わり、またもU-20W杯出場権を逃します。

ちなみにメンバーには酒井高徳、宇佐美貴史、杉本健勇などがいました。
参照:http://www2u.biglobe.ne.jp/~Number12/record/2010j19.htm

2011年:モンテディオ山形:ヘッドコーチ
2009年、2010年と小林監督のもと、しぶとくJ1残留してきたが、牧内氏がヘッドコーチに就任した2011年は守備が崩壊し、残り3節を残してJ2降格が決定。年間順位も最下位となった。

牧内さん、アンタ凄すぎますwww

2012年:モンテディオ山形:ユース(U-18)コーチ
詳細不明。

日本クラブユースサッカー選手権では3戦全敗(参照:http://soccer-db.net/team/history.php?te=1403)。

2013年 – 2014年:ファジアーノ岡山コーチ
サテライトチーム(2軍相当)にあたるファジアーノ岡山ネクストの監督と兼任。

ファジアーノ岡山ネクストは2013年、中国サッカーリーグで優勝(15勝1敗1分)、JFL昇格へ。地域リーグながら牧内氏が監督というハンデを乗り越えての快挙を達成しました。

2014年はJ3発足に伴い、JFLは4部リーグ相当となる。ファジアーノ岡山ネクストは14チーム中11位(5勝13敗1分)。やはり、前年の中国リーグ優勝は、相手のレベルが低すぎただけで、牧内氏の手腕によるものではなかったようです。

ただ、岡山サポーターの間での牧内評は「マジメ」が多く、評判はさほど悪くないようです。

なおトップチーム成績は
2013年→12位(22チーム中)
2014年→8位(22チーム中)
と中位を保っています。

2015年は影山監督の退任に伴い、長澤徹コーチ、あるいは牧内コーチの監督就任が噂されているようです。

これだけの伝説を持つ牧内氏が来季の監督に就任すれば、「ネタ監督」化は避けられないでしょう。しかし、前評判を覆して好成績を収めたら、逆転人生としてそれはそれで面白いと思います。

当サイトでは、来季J2を面白くするためにも、牧内辰也氏の監督就任を祈念しております!

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